竹内敏喜 蛇足から  
蛇足から 20 (二〇二三年一一月二五日)

     
世に悪を為す者は多い
だが後悔をまったく心によぎらせない人物とは
稀にちがいない

害を与えるのが赤の他人であれば
ことさら問題にするまでもなく
しかし愛する者を殺傷し
いつまでも無口のまま平気でいられるとしたら
それはもはや(神や仏のごとく)
関心を持たずに世界と同化してるも同然だ

ならば、その人物の内面では
悪も善も観念にすぎないとして超越されているのか
はからずも人間というパスポートを
放棄していることに似ていよう

…夢のような未来、すべての生物が
共通の言語を見出し
互いに話ができるようになると
善が生を肯定するのはむしろ困難となり得る

さらに空は燃え
地が流れて

やがて…
知恵ある生き物たちが助け合い
皆で生命を維持しようと、民主的に票を集めたとしても
弱くて数多い種族の意見など相手にされないはずだ
当然のように、もっとも激しく
反対の声を挙げ続けるのは人類であろう

方舟は風にうもれた過去のこと

そうして強くて狡い少数派が
しだいに支配の手を広げるとき
かの後悔を心によぎらせない人物だけは
正義をおこなえるのではないか、と伝えてくる直観

それは御伽噺ではない

天の光はつねに言葉を持つものを眩惑している



竹内敏喜(たけうちとしき)
詩人。1972年京都生まれ。詩集に『翰』(彼方社、1997年)、『風を終える』(同、1999年)、『鏡と舞』(詩学社、2001年)、『燦燦』(水仁舎、2004年)、『十六夜のように』(ミッドナイト・プレス、2005年)、『ジャクリーヌの演奏を聴きながら』(水仁舎、2006年)、『任閑録』(同、2008年)、『SCRIPT』(同、2013年)、『灰の巨神』(同、2014年)​​​​​​​。『魔のとき』(同、2022年)
 
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